感謝の国、日本。東京五輪では、多くの海外選手が日本の日常的な文化に斬新さを覚え、そのおもてなしに絶賛しました。
日本の文化ともいえる、おもてなしの精神。それは同時に感謝の文化とも言い換えることができます。
日本人の感謝の文化にはどうようなルーツがあるのかをこの記事では見ていきたいと思います。
感謝の国、「ありがとう」の精神を極めた日本の文化
日本に住んでいるとあまり気づかないことかもしれませんが、日本語の中に「ありがとう」を意味する言葉はいくつも存在します。
これは、世界でも割と珍しいことでありまして、もちろん世界で「ありがとう」は言葉はちがえど共通認識ですがニュアンスや表現がここまで細かいのは日本独自の文化なんだとか。
下記は、米国ノースカロライナ州生まれ、ハワイ州育ちで1988年にボストンのタフツ大学国際関係学部から(株)リクルートに入社し、以来30年間日本に滞在しているルース・マリー・ジャーマンさんの著書「日本がいつまでも誇りにしたい39のこと」の言葉です。
しかし、日本の日常生活にある豊かな「ありがとう」の感謝表現は、他の国とは異なります。
実にさまざまな、感謝を表すことばがあるのです。
「すみません」
「ありがとう」
「恐縮です」
「おそれいります」
「助かりました」
「お世話になりました」
「ご馳走様でした」
「お疲れ様でした」
長年日本にいても、その場その場で使い分けられる「感謝の表現」の複雑なニュアンスに戸惑うことがあります。
確かに上記のように多くの「ありがとう」を場所や状況に応じて使い分けていますよね。しかも普段の中で無意識に使えるのが日本人の特徴なのかもしれません。
「いただきます」ご飯を食べる時もしっかりと感謝している
もっと身近な例えだと、「いただきます」と「ご馳走さま」の例があります。「いただきます」は神道に通じる言葉だと言われていおり、語源は、「もらう」や「食べる」の謙譲語である「いただく」です。
ご飯をいただくということは、お米や野菜を作ってくれる人々への感謝、もっといえば肉や野菜という命をいただくという食材自体への感謝の気持ちを表現しているのです。
「ご馳走さま」も同様に、食材を準備してくれた人々への感謝を込めて「様」をつけているのです。
ごくごく日常に口にする言葉にもしっかりと感謝をする習慣が込められていますよね。
ちなみに、この日本語に対応する英語はないと言われています。
対応する英語だと「Let’s eat.」(さぁ、たべよう)というようなカジュアルなニュアンスで使われます。
逆にいえば、これと同じように日本人は「いただきます」とつかってるので、やはり感謝の精神が浸透している文化だと言えるのかなと思います。
日本人の「感謝」のルーツは、自然と神とは一体として考える文化にある
では、なぜ海外からも注目されるほどに日本人は「感謝」を重んじる文化なのでしょうか?
ここからは、個人的にこのことについて調べた考えを含んでいるのですが、
古来より、神道や仏教の影響を文化として受けているからなのかもしれません。
先述した「いただきます」「ごちそうさま」も、「いただきます」は食材自体への感謝の気持ちは仏教の教えからきてますし、「ご馳走様」の「馳走」は仏教では「人のために走り回る」という意味でつかわれます。
もともと日本の神道は、自然と神とは一体として認識されてますから、食べ物であれ、着るものであれ、日常に神様がいるとして感謝の気持ちを込めていたのですね。「八百万の神」なんて言葉もありますよね。
なので自然と物事に感謝する文化が気づかれたのかと思います。